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特集記事/前間千秋さん
■基本に忠実でありたい
皆さんにご覧頂いている「癒しイラスト」。その作者である前間千秋さんは、実は全国農協設計の一級建築士である。農協に関わる全ての施設はもちろん、葬祭ホールも手がけている。その関係で何度かお仕事をご一緒させて頂き、前間さんのこだわりを持った仕事ぶりにはいつも目からうろこの連続だった。施主に対する設計や説明には、デッサンを用い、平面図だけでは表現しきれないところを補う。そんな前間さんの絵には、温もりを感じることが出来る。細部にまで気を配った先生ならではの優しさまでも映し出されているかのよう。
今回は、貴重な時間を頂戴し、前間さんのいらっしゃる宮崎市内にあるビルを訪問。突然お願いした取材に、快く引き受けて下さった前間さんの歩みをご紹介したい。


建築を志したキッカケ

私が中学生の頃は、男の子は工業高校、女の子は商業高校へ進学するのが一般的な時代でした。だから何の迷いも無く、工業高校へ進みました。その時、土木科か建築科という選択肢があり、土木はきっと山の中。それは嫌だなぁと思い、建築=街の中での仕事という単純な理由で建築科を選びました。


様々な転機

卒業後、最初の就職先は地元佐賀の経済連でした。初めて設計したのはガソリンスタンド。その後はライスセンター(脱穀したモミを乾燥し玄米にする所)、養鶏場、事務所等々。一人で何件も抱えていたので、作ってきたものをベースにしながら、効率化を図っていました。農協施設ばかりが続くと、隣の芝生が羨ましく見え、雑誌に載っているような今までとは違うものが作ってみたくなりました。昭和48年の8月にお盆休みを利用して、東京へ向かいました。履歴書を12通書き、それを持って全く知らない建築事務所のドアを、片っ端から叩きました。「雇ってください!」って手当たり次第に回ったんです。その結果、共立設計という会社が雇ってくれる事になりました。入社してすぐ、履歴書を見た上司から、「農協関係に詳しいなら、秋田に行ってくれ」と言われたんです。そして秋田事務所に配属となりました。当時、秋田の経済連に一級建築士がいなかったので、そこへ出向してくれと言うのです。たまらず、農協関係を辞めて来た旨を話しましたが、会社からの強い要望を受け、出向することになりました。

秋田へ行って一年後に、JAの全国設計と三菱地所の共同設計がありました。数十億円の予算をかけた9階建ての農協会館だったのですが、監理や打合せ等も含め2年間、関わりました。秋田事務所には40人の建築士がいて、秋田ではかなり大きい方でした。社長のお父様が秋田県知事と言うこともあり、知事公舎にも出入させていただきながら可愛がっていただきました。知事の奥様にも、雪国での生活方法をはじめ、まだ独身だった私にサランラップやアルミホイルの使い方等、生活に関わる知恵を教えていただきました。知らずに飛び込んだ設計事務所の社長のお父様が知事と言うこともあり、秋田に事務所があったご縁で農協と再び関わることになったんですよね。県は違いますが、本当に農協とご縁があったんですね。その他、学校の施設設計にも携わりました。

今でも覚えているのが、秋田で設計した体育館。湯沢の山奥の小さな体育館でした。完成した時、子供達が「今度の冬は、体育館で色んな事ができる!」ってものすごく喜んでくれました。そんな顔をみると本当に嬉しいですよね。建物の大きさではなく、待望していた施設を作り、最後までそこに居合わせた幸せ。大きく立派な建物だからと言って、印象に残るわけではありません。そこに感動が無ければ、ただの箱ですから。依頼する側と作る側、両方が「良かった」と言えるのが本当にいい施設だと思います。そして、最後まで立ち会う事が出来、子供達の喜ぶ顔を見れた事は、今でも心に強く残っています。

それから5年後、JA全国設計から声をかけてもらい転職を機に東京へ戻りました。結婚し、家を買いましたが海外及び全国を飛び回る事が多く、ほとんど家にはいませんでした。農水省の外郭団体の委員もやっていましたので、海外(主に欧州)における畜産施設の様々な調査をし、報告書をまとめ、本やパンフレットを作りました。それが5年程続きました。また、JICA(国際協力機構)では、ODA(政府開発援助)における無償資金協力対応の為、北京の食肉センターや学校基本計画策定及び設計にも関わりました。


海外調査から学んだ事

中国に行ってわかった事は、施設を建てるときに家相を見る事。行った先は中国とはいえ、イスラムの影響のある地域でしたから、メッカ(イスラム教最大の聖地/サウジアラビア)の位置を確認して、トイレの向きを決める。神聖な神様に対してお尻を向けてはいけないし、真正面もダメ。だから横向きなんです。もちろんすぐに設計変更しましたが、そういうことは辞書には載ってないですからね。

フランスでは地域ごとの共同体意識が強い。個人主義のイメージがありますが、それは都会の方だけ。農村に行けば、家を建てる時は村人が集まって作り上げる。柱を建てたり屋根を葺いたり。施主はコンクリートを買ってくるだけで、後は村人と一緒になって建てる。フランスで農家と言えば、スペシャリストなんです。自分で自動車やトラクターの修理をしたり、溶接もする。天気図を読んで種植えや収穫の時期を考える。日本のように近くに何でもあるわけじゃないから、全て出来なきゃいけない。だからものすごく地位が高いんです。アメリカの開拓民がそうだったように、全部自分でしなきゃいけないから、強いんでしょうね。
調査で一緒に回っていた教授と、「日本のほうが共同体意識は強そうに見えるけど、実際は違いますよね」って話してました。


日本の現状

フランスはすごく自給率が高いんです。あれだけの先進国だけど、日本より数段も自給率が高いんです。それは国策として高い位置付けにあるからなんですね。日本は安易に輸入に頼ってるけれど、安心安全な目に見える国土で作物を作り、それを食べなきゃいけないと思います。北海道から沖縄まで適地適作があるんだから、輸入に頼らなくても国民が食べられる量は補えると思います。しかし政策は逆で、自動車等を輸出したほうが儲かるからと、農業重視の考えがなくなりました。総人口に対する農家人口が一割あった頃は、農業重視でよかったけれど、6%台になってしまった今、重視する必要がなくなったという人がいますが、しかし食の安心・安全が社会問題となっている現状では、自給率を上げる事が必要ではないでしょうか。

農水省の外郭団体である(社)中央畜産会の就労環境改善委員として日本全国を回ったときに、切実な声をたくさん聞きました。その中で多かったのは、農家の後継者に嫁は欲しいけど、農家へは嫁にやりたくないと言うのです。収入は確かにありますが、休む暇が無く大変だからです。特に畜産農家は、生き物を扱ってる事もあり、牛なら搾乳がある。一日二回から三回搾らなきゃいけない。休みが取れないから何処へも行けないんですよ。ヘルパー制度もあるんですが、自分の大事な牛を人に任せてまで何処かへ行きたいという気持ちにはならない。
だから家族みんなで出掛ける事が出来ないんです。


設計するという事

基本的に、建築基準法第一条「国民の生命、健康及び財産を守る」。これをポリシーにしています。例の事件(建築設計偽装事件)があったけれど、大事な事を忘れているからそういう事件が起こる。もう1つ忘れてはいけない事。それは自分のお金で設計しているわけではなく、人のお金を預かって設計しているという事。そして施主の意としているところを引き出す。だから設計者のエゴを出してはいけない。

ある時、農業施設用語辞典を作りました。農業関係の用語辞典を作りたいと言うお話がありまして、農業施設学会で専門委員を立上げ、手分けして作りました。次の世代が設計をする時に、まず読んでもらう。建物の事はもちろん、牛の生理生態まで幅広く書いてあります。施設自体は簡単だけれど、生き物は奥が深い。例えば北海道では、広大な土地があるため牛を繋いでいません。風向きの悪い牛舎だと、雪が降っていても牛は中に入らず軒先で過ごす。理由は、建物内の環境が悪く、牛の吐く息で炭酸ガスがたまり、気分が悪い。だから外の方がいい。土地が狭いところは常に牛を繋いで搾乳しているけれど、本当にその牛舎が良いかどうかは放してみないと分からない。

依頼があれば個人住宅も手がけますが、いずれにしても依頼主は素人なので、図面を見せてもなかなか理解できない。図面の中の基準線(壁の中の線等)は、プロにとっては必要だけど、実際に使う人にとっては必要ない。だからそれをどう伝えるか。シンプルに壁や窓の間取りだけで絵を書いたり、立体的に表しています。

今の若い人たちはCADを使っていますが、私達の頃は鉛筆を使っていました。しかし、現在はマウスを使う事に抵抗が無いので、直ぐにCADに慣れそれを使って設計する。私は鉛筆を使っていますが、天気がいいと2H、湿気があるとBと言う風に使い分けています。変更になっても消しゴムさえあれば、一枚のトレーシングペーパー(製図用紙)で何度でも修正できる。それに、後で見直したとき、修正した箇所がわかる。今で言う「エコ」ですよね。CADは先進的だけれど、修正した箇所もわからず、その度に紙を捨てる事になるからエコ時代を逆行してるような気がします。

仕事と作業は違うと言うけれど、今は作業が多すぎる。仕事というのは自分で考えなきゃいけないが、作業は決められた事をやって確認するだけ。物を創造するのは仕事だから、CADを使う事はオペレーター=作業に思えてしまうんです。昔の大工さんはベニヤ板一枚で、何でも作りました。姫路城や大坂城だって全て平面図。立体図は棟梁の頭の中だったんですよね。それが創造の世界です。
木材ひとつとっても純目や逆目があるから、以前はそれを見ながらカンナで削っていた。逆目だと毛羽立って削れないんです。今は機械で寸法だけを合わせ、木目を無視して切っていく。そうやって切ったものは、年数を重ねた時に荒れてくるんです。本当なら、木は育った年数が耐用年数のはずなのに、今の建売住宅はなぜ長持ちしないのか。明治時代の木造建築は見事です。未だに残っている。物に対する思いの違いでしょうね。

以前調査で全国の畜舎を回ったとき、ボルトが緩んでる畜舎がありました。何故かというと、木は呼吸をし、水分が抜けていく。新築した時にはきちんと固定しているけれど、木は変化し金属であるボルトが緩んでくる。本当はメンテナンスが必要だけど、使う人はそれを知らない。自動車と同じで、使う人にも知識が必要だし責任があると思います。

建築はクレーム産業なんです。自動車のようにライン作業なら一定の品質が保たれるけど、建築は作る人、工期、材料、金額が違う。ピラミッド組織でいろいろな人がいるから、考え方も違う。それでも創り上げていかなきゃいけない。だからすごく難しいですね。心を込めて設計しても、同じ心意気の大工さんに出会わなければ、仏作って魂入れずの気持ちになる。同じプロでも、やはり幅がありますね。


手がけたい仕事

難しいけれど、住宅のリフォームをやってみたい。新築は住んでみて初めて、使い勝手が悪い所に気づく。そしてクレームへとつながる。その点リフォームは、実際に不自由を感じ、その部分を改善していくので使う方の喜びが大きい。

個人的に、家は二階建てじゃない方が良いと思っています。子供部屋にしても、本当に個室が必要なのは六年間くらい。中学校の三年間と高校の三年間。その間は個室で勉強すればいいけれど、高校や大学を卒業し、社会に出て独立すると必要なくなり、物置と化し、年老いた親が、空き部屋を掃除する為に二階へ上がり、転んで怪我をすることも多い。
それに、俗に言う非行と間取りの関係性はあると思います。子供が玄関から直ぐに二階の部屋に上がれば、顔色もわからない。両親がいるリビングを通れば、声も掛け合うし表情もわかる。友達が一緒なら、どんな子と付き合っているのかもわかる。マンションも同じ。玄関からすぐのところが子供部屋だと、いつ帰ってきたのかもわからない。

昭和30年代に公団が作った2DKは、長屋のつくりとは違い、小さくても四畳半の部屋があった。だからみんなの憧れでした。今はちゃぶ台を見なくなったけど、あれは食卓にも机にもなる。折りたたんで片付ければ、部屋を広く使える。狭い分、道具を使って知恵を絞ってたんですね。今はダイニングテーブルをドンと置き、4,5年すると醤油のビンが出しっぱなし。そのうち色んな物が出しっぱなしになってくる。それだけ使う方も努力をしなくなったんですね。努力をすれば、狭い部屋でも広く使えるんです。マンションのモデルルームは、小さめの家具を置いている。実際には小さすぎて使えないので、大きめの家具を買う。部屋が狭くなって圧迫感を感じる。モデルルームは見てる分には良いけれど、そこにある家具だけでは生活が出来ないんです。
原点に戻り、知恵を絞って努力をすれば快適に暮らせると思います。


飽くなき追求 常に「もう少しこうしておけば良かった」、と言うのはあります。もう少し提案しておけばとか、もう少し広く取っておけばよかったとか。その時の予算や条件の中でやっているので、仕方のない事ですが、一発で満足する事は無いですね。それは失敗ではなく、次へのステップです。世の中、新製品が続々と出てくるのは、そういう事があるからなんでしょう。
建物は住んでみて、使ってみないとわからない。飽くなき追求ですね。


あとがき

いつも仕事でお会いしていた為、今回の取材はなんだか不思議な感じがした。いつも穏やかな印象だったが、心に熱いものを秘めていた事を知った。自分に胡座をかくことなく、常に広い視野で物事を追求し肥やしにしていく。私もそういう人でありたいと思った。 いつもお忙しい前間さん、急な依頼にもかかわらず取材に応じてくださって、本当に有難うございました。いつか住宅を設計していただく事が、夢の1つに加わりました。


<前間千秋さんの歩み>

1950年
・佐賀県生まれ
1968年
・工業高校卒業設計において日本建築協会賞(会長 東畑謙三)の表彰を受ける
・佐賀県立鳥栖工業高等学校建築家卒業
・佐賀県経済農業協同組合連合会に入会
・施設部設計課に配属を受ける米麦施設、選果貯蔵施設、自動車・農機具燃料施設、事務所等農業生産
 に係る農協関連施設の設計に従事
1973年
・共立設計(本社:東京)に入社し、秋田事務所に配属を受ける
・市町村庁舎等、公共施設、学校施 設、福祉施設、農業施設の設計に従事
1976年
・秋田県経済農業協同組合連合会・設計事務所に出向
・三菱地所及び全国農協設計との共同設計による秋田県農協会館新築工事の常駐監理に従事
1979年
・全国農協設計に入社
・食肉センター、食品工場、流通センター、畜産施設、福祉施設、葬祭センター、各県農協会館、事務
 所等、農業生産流通販売に係る設計に従事
・農林水産省の外郭団体である(社)中央畜産会、(社)畜産技術協会の専門委員として、欧州、太洋
 州における畜産施設の実態調査を行い、実用化
 推進の提言を行う
・JICA(国際協力機構)におけるODA政府開発援助の無償資金協力対応のため、新疆(しんきょう)ウ
 ィグル自治区和田市(ほうたんし)学校の基本計画、設計に従事(また北京設計院との友好技術交流
 のため渡中)
2008年/現在
・1991年に宮崎県農協会館の設計監理以降、宮崎を中心に各県JA関係の施設を核に基本構想、基本
 設計の提案活動を実施中

著書
・農業施設学会 農業施設用語辞典 分担執筆
・月刊誌 畜産コンサルタント
・低コスト牛舎建設のポイント

調査研究
・就労環境改善に関する調査研究
・低コスト肉牛生産特別事業に関する畜舎建築
・新搾乳システム実用化推進

設計コンペ
・福井県 上中中学校校舎(社内コンペ)
・香川県 丸亀葬祭センター
・三重県 伊賀北部葬祭センター
・宮崎県 高千穂地区葬祭センター

人材登録
・2007年、(社)中央畜産会専門家人材データベースに登録

資格
・一級建築士(登録番号:164154号)
・建築設備検査資格者(第3030号)

海外建築研修
(公務、業務)
イギリス、フランス、スペイン、オランダ、イタリア、スイス、ベルギー、ドイツ、オーストラリア、ニュ ージーランド、中国(北京、上海、天津、和田)
(私用)
韓国(ソウル、プサン)、米国(シカゴ、ニューヨーク)、中国(貴陽、シンセン、香港)

その他
・1966年、佐賀県美術協会展/油彩部門入選
・1967年、佐賀県高校美術展/油彩部門・知事賞受賞

趣味
華道(龍生派)、茶道(表千家)、陶芸(唐津焼)

前間千秋さん Profile
前間 千秋(まえま ちあき)
株式会社全国農協設計
部長

〒151-0061 東京都渋谷区初台1-46-3(シモモトビル4F)
TEL.03-5333-1811
FAX.03-5333-1851



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